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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)205号 判決 1992年2月20日

東京都品川区旗の台一丁目1番15号

原告

松尾ハンダ株式会社

同代表者代表取締役

松尾仁介

同訴訟代理人弁護士

国生肇

同弁理士

川上肇

東京都足立区千住橋戸町23番地

被告

千住金属工業株式会社

同代表者代表取締役

佐藤一策

大阪府大阪市淀川区三津屋中三丁目8番10号

被告

株式会社ニホンゲンマ

同代表者代表取締役

川崎実

上記2名訴訟代理人弁護士

福田親男

同弁理士

増井忠弍

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第21423号事件について平成3年6月13日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告ら

主文と同旨の判決

第2  原告の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「長尺半田材供給装置」とする登録第1778048号実用新案(前特許出願(昭和57年特許願第130519号)の日を援用し昭和57年7月28日実用新案登録出願、昭和62年11月13日実用新案登録出願公告、平成元年7月10日実用新案権設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案登録権者である。

被告らは、平成元年12月26日、本件考案の実用新案登録を無効にすることについて審判を請求し、平成1年審判第21423号事件として審理された結果、平成3年6月13日、「登録第1778048号実用新案の登録を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は同年7月31日原告に送達された。

2  本件考案の要旨(別紙図面A参照)

屈曲自在な線状ないし帯状の長尺半田材を巻き上げる巻枠と、

上記巻枠を貫通する軸棒と、

上記軸棒の両端部を着脱自在に軸受けする架台と、

半田槽に取り付けられて、上記長尺半田材の先端が挿入される1組のトツプローラ及びボトムローラと、

上記ボトムローラを半田槽のレベルに応じて回転させるレベル検出器及びモータを含む制御装置と

から成る、長尺半田材供給装置

3  審決の理由の要点

(1)本件考案の要旨は、前項記載のとおりと認める。

(2)審判請求人ら(以下「被告ら」という。)の主張の概要

本件考案は、その出願前に日本国内において頒布された昭和49年特許出願公開第76732号公報(以下「引用例1」という。)、昭和46年実用新案登録出願公告第29949号公報(以下「引用例2」という。)、昭和52年実用新案登録願第62567号(昭和53年実用新案登録出願公開第157132号)の願書添付の明細書と図面撮影のマイクロフイルム(以下「引用例3」という。)、昭和56年特許出願公開第122665号公報(以下「引用例4」という。)、昭和49年実用新案登録出願公開第77223号公報、JIS Z3282-1977(はんだ)第4頁記載の技術的事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたから、その実用新案登録は実用新案法第3条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第37条の規定により無効にされるべきである。

(3)審判被請求人(以下「原告」という。)の主張の概要

本件考案が長尺半田材を用いて半田槽に連続供給する装置に関するものであるのに対し、引用例1記載の発明は亜鉛メツキ装置に関するものであって、両者は物品(技術分野)を異にするから、引用例1を前提として本件考案の創作容易性を論ずる被告らの主張は失当である。

(4)各引用例には、下記の技術的事項が記載されている。

a 引用例1(別紙図面B参照)

「亜鉛メツキ槽1の近傍に配置した固定スタンド6にコイル状に巻いた棒状又は帯状の亜鉛7を回転自在に軸支し、さらに亜鉛を亜鉛メツキ槽1に導入するための1対のピンチロール8をその横に固定した軸受9に軸支するとともに、ロール8を駆動モータ11により駆動するようにし、駆動モータ11の速度すなわち亜鉛の供給速度はメツキ槽1の浴面が一定高さに保持されるごとく液面変動検出器12により増巾器13を介して制御できるように構成し、亜鉛を自動的かつ連続的にしかも定置供給することによりメツキ槽の浴面変動をきわめて小さくし、品質の安定化を図るとともに、供給作業の省力化も図れる溶融亜鉛メツキにおける亜鉛供給装置」

b 引用例2(別紙図面C参照)

「半田槽内の半田液面低下にともない、液面に設けた液面設定機構によりモータ7を駆動してチエーン2を可動し、チエーン2の一端には補給用半田棒1を取付け、他端にはスライダー4を取付けてスライダー4にて接触するマイクロスイツチ機構12を併設し、半田槽内の半田容量軽減に伴い自動的に半田を補給してつねに半田液面を一定に維持するようにして半田付を効果たらしめるようにした半田自動供給装置」

c 引用例3(別紙図面D参照)

「糸半田11を巻いたリール17に通し棒10を貫通させ、通し棒10の両端を受け9に着脱自在に軸受けした点」

d 引用例4(別紙図面E参照)

「半田槽40に設けた半田液面検出装置30と、半田槽40に取付けられた摺動ガイド13に沿って摺動し、半田槽40上で半田インゴツド50を半田槽40中に落下供給する半田移送枠10と、移送枠10を間欠送りする手段20及び半田液面検出装置30の検出によって間欠送り手段20を制御する手段からなり、半田供給を恒常的に行なうとともに半田液面を所定のレベルに保ち、半田付製品の性能の均一化を計るのみならず省力化にも資する半田自動補給装置」

(昭和49年実用新案登録出願公開第77223号公報、JIS Z3282-1977(はんだ)第4頁の記載内容は省略)

(5)本件考案と引用例1記載の発明を対比すると、引用例1記載の「固定スタンド6、1対のピンチローラ8、モータ11・液面変動検出器12・増巾器13」は、本件考案の「架台、1組のトツプローラ及びボトムローラ、レベル検出器及びモータを含む制御装置」にそれぞれ相当する。また、引用例1記載のコイル状に巻いた棒状又は帯状の亜鉛は、軸棒を介して固定スタンド6に装架されていることが明らかである。

そして、亜鉛と半田は、共に、溶融金属を金属材に接着させることを目的として槽内に自動的かつ連続的に送り込まれ溶融した状態で使用されるものであるから、引用例1記載の亜鉛供給装置と本件考案の半田供給装置は、屈曲自在な棒状又は帯状の溶融可能な長尺材を巻き上げて装架し、槽内の溶融槽のレベルに応じて長尺材を槽内に繰り出すことによって、槽内の溶融槽のレベルを精度よく一定に保持するようにした、溶融可能な長尺材の供給装置である点において共通している。

したがって、本件考案と引用例1記載の発明は、

「屈曲自在な線状ないし帯状の溶融可能な長尺材を巻き上げたものと、この巻き上げたものを軸棒を介して軸支する架台と、長尺材の先端が挿入される1組のトツプローラ及びボトムローラと、ローラを槽のレベルに応じて回転させるレベル検出器及びモータを含む制御装置から成る、長尺材供給装置」

である点において一致し、下記の5点において相違する。

<1> 本件考案が長尺半田材の供給装置に係るものであるのに対し、引用例1記載の発明は長尺亜鉛材の供給装置に係るものである点

<2> 本件考案では長尺半田材が巻枠に巻き上げられるのに対し、引用例1記載の発明ではその点が明らかでない点

<3> 本件考案の軸棒が巻枠を貫通し、軸棒の両端部が架台に着脱自在に軸受けされるのに対し、引用例1記載の軸棒はその点の構成が明らかでない点

<4> 1組のトツプローラ及びボトムローラが、本件考案では槽に取り付けられるのに対し、引用例1記載の発明では槽の近傍に配置された架台に取り付けられる点

<5> 本件考案ではボトムローラがモータによって回転されるのに対し、引用例1記載の発明ではトツプローラ及びボトムローラのいずれがモータによって回転されるのか明らかでない点

(6)各相違点について判断する。

<1> 半田を半田槽の半田消費量に応じて自動的に供給することは周知であり(例えば、引用例2あるいは引用例4を参照)、巻回した棒状の長尺半田を自動的に供給することも周知である(引用例3を参照)。

そして、本件考案と引用例1記載の発明は、上記のとおり、供給対象こそ相違するが、溶融可能な長尺材を槽内の溶融槽のレベルに応じて繰り出すことによって槽内の溶融槽のレベルを精度よく一定に保持するようにした点において共通する。したがって、引用例1記載の長尺材の供給装置を、周知の半田材供給装置(半田槽の半田消費量に応じて半田を自動的に供給する。)に採用して、相違点<1>に係る本件考案の構成にすることは、当業者がきわめて容易に想到し得た事項であり、それによる効果にも格別のものがない。

<2> 引用例3には、線状の長尺半田材を巻枠に巻き上げるとともに、巻枠に軸棒を貫通し、この軸棒の両端部を架台に着脱自在に軸受けして長尺半田材を架台に装架する構成が記載されている。したがって、引用例1記載の長尺材の架台への装架に、引用例3記載の構成を採用して、相違点<2>、<3>に係る本件考案の構成にすることは、当業者ならばきわめて容易に想到し得た事項であり、それによる効果にも格別のものがない。

<3> 1組のトツプローラ及びボトムローラを、槽に取り付けるか、槽の近傍に配置された架台に取り付けるかは、効果に格別の差異がなく、単なる設計事項にすぎない。したがって、引用例1記載の1組のトツプローラ及びボトムローラを、本件考案のように槽に取り付けることに格別の創意を要したものということはできない。なお、半田の送り手段を槽に取り付けることは、引用例4にも記載されているところである。

<4> 長尺材の移送に関する技術分野において、1組のトツプローラ及びボトムローラのうち、ボトムローラをモータによって回転させるようにすることは周知技術である(必要ならば、昭和49年特許出願公開第4068号公報を参照)。したがって、引用例1記載の回転駆動される1組のトツプローラ及びボトムローラに上記周知技術を適用して、相違点<5>に係る本件考案の構成にすることは、当業者ならばきわめて容易に想到し得た事項である。

<5> そして、本件考案を全体としてみても、引用例1ないし引用例4記載の技術的事項及び周知技術が有する効果以上の、格別の効果を奏するものではない。

(7)  以上のとおり、本件考案は、引用例1ないし引用例4記載の技術的事項及び周知技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものである。したがって、本件考案の実用新案登録は、実用新案法第3条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第37条第1項第1号の規定により、無効にすべきものである。

4  審決の取消事由

各引用例に審決認定の技術的事項が記載されており、本件考案と引用例1記載の発明が審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。

しかしながら、審決は、相違点<1>に関する判断を誤った結果、本件考案は引用例1ないし4記載の技術的事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に考案をすることができたと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

本件考案は、「プリント基板等に高精度の半田付けを行うため」(本件公報第1欄第25行ないし第26行)の装置に関するものであり、微小な半導体装置の電子部品の足とプリント基板上の印刷回路を点的に接合する超精密作業のために創案されたものである。すなわち、プリント基板の半田付けは、半田噴流面に接するプリント基板の走行角度を4°~7°の範囲内に維持しないと「つらら」や「ブリツジ」が発生してしまうから、溶融半田のレベル精度の許容差は、僅か0.3~0.5mmであり、ボトムローラと溶融半田面の間の距離が長いと、細い半田材が高温雰囲気によって軟化変形し、制御装置によるレベル制御と現実の半田材供給の間にタイムラグが生じてしまうので、本件考案は、1組のトツプローラとボトムローラを半田槽に取り付け、ボトムローラと溶融半田面の間の距離を短くする構成を採用したのである。

これに対し、引用例1記載の発明は大形の鉄板等の表面を面的に被覆する亜鉛メツキ法に関するものであるから、「つらら」や「ブリツジ」の発生はあり得ない。そして、その表面処理部は防錆の機能を果たせば足りるのであるから、溶融亜鉛のレベルについては、本件考案におけるような精密なレベル精度は全く要求されない。

およそ考案は「物品」の形状、構造又は組合わせに係るものであるから、考案の進歩性の有無の判断は、物品の同一性を離れて行うべきではない。

本件考案に係る半田槽装置が、特許庁の審査上の分類の「金属の冶金的接合、切断」の項目のろう接(半田)装置(B23K、旧分類12B)、具体的にはプリント基板に電流を通すための接合を行う装置であるのに対し、引用例1記載の発明に係るメツキ槽装置は、「金属の表面処理」の項目の亜鉛メツキ装置(旧分類12A223)、具体的には金属の表面の錆を防止するためのメツキを行う装置であって、両者は技術分野を異にし、物品が相違することは明らかである。

このように、本件考案と引用例1記載の発明は、溶融金属のレベルを一定に保つ点において共通しているが、異なる物品に関する技術であって、その目的を異にするものであるから、審判は、両者の物品としての相違を看過誤認したものといわざるを得ない。このことは、審決が、本件考案の進歩性を否定するために4つもの引用例を援用せざるを得なかったことにも、如実に現れているというべきである。

第3  請求の原因の認否、及び、被告らの主張

1  請求の原因1ないし3は、認める。

2  同4は争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような違法はない。

原告は、本件考案が対象とする装置と引用例1に開示されている装置は、技術分野を異にする全く別の物品である、と主張する。

しかしながら、引用例1記載の発明は「メツキ槽の浴面を常に一定高さに保持するごとく(中略)亜鉛供給速度を調整することを特徴とする」(特許請求の範囲)ものであるが、同時に、引用例1には「本発明は溶融亜鉛メツキに限るものでなく、他の溶融金属メツキにおいても適用できる」(第2頁右上欄第17行及び第18行)と記載されている。そして、半田がスズと鉛から成る合金であって溶融メツキにも適用し得ることは、当業者にとって周知の事項である。したがって、引用例1を論拠とする審決の相違点<1>に関する認定判断に、何ら誤りはない。

この点について、原告は旧特許分類を援用するが、クロスリサーチにより他の特許分類に属する技術的事項をも考慮して考案の進歩性の判断を行うことは当然許される。のみならず、本件考案と引用例1記載の発明は、共に旧特許分類の第12類(金属の加工)に関するものであって、本件考案が溶融半田槽においてプリント基板等に半田付けするものであるのに対し、引用例1記載の発明は溶融亜鉛槽において金属メツキを行うものであり、かつ、半田も金属メツキ材料になり得るものであるから、両者は全く同一の技術分野に属するといえないとしても、相互に関連する技術分野に属するものである。

また、原告は、本件考案が対象とする装置における溶融半田のレベル精度の許容差は僅か0.3~0.5mmであるが、引用例1記載の発明における溶融亜鉛のレベルについては本件考案におけるような精密なレベル精度は全く要求されない、と主張する。しかしながら、本件考案と引用例1記載の発明は、溶融金属のレベルを一定に保持することを技術的課題(目的)とする点において全く同一の技術的思想であり、引用例1記載の発明によって超精密作業を実現し得ないとはいえない。

さらに、原告は、審決が4つの引用例を援用したことを論難する。しかしながら、引用例1記載の発明は本件考案の要件のほとんど全部を備えており、引用例2及び4はレベル検出器を半田補給装置に適用することが周知である点を、引用例3は半田材を巻回して自動供給することが周知である点を、それぞれ確認するために援用されているにすぎないから、原告の上記主張も失当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、同目録をここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いない甲第2号証(実用新案登録出願公告公報)によれば、本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)  技術的課題(目的)

本件考案は、半田槽の半田消費量に応じて長尺半田材を自動的に供給する装置に関する(第1欄第21行及び第22行)。

自動半田付け装置によって高精度の半田付けを行うためには、消費量に応じた半田材を半田槽に供給し、溶融半田のレベルを常に一定に保持しなければならない。長尺半田材の供給装置として、パイプを通じて糸半田を供給する装置が公知であるが、糸半田を巻枠に巻き上げていないため、供給を自動化することが不可能であった。のみならず、糸半田をパイプに通すと抵抗が大きく円滑に供給できないし、巻き上げた長尺半田材は重く柔軟性に欠けるので、半田槽より高い位置にある固定垂直芯棒に嵌めることが容易でないという問題点もあった(第1欄第25行ないし第2欄第13行)。

本件考案の技術的課題(目的)は、上記問題点を解決し、長尺半田材を容易に装架して、連続的かつ自動的に半田槽に供給する装置を創案することである(第2欄第15行ないし第17行)。

(2)  構成

本件考案は、上記技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする実用新案登録請求の範囲第1項記載の構成を採用したものである(第1欄第2行ないし第9行)。

別紙図面Aはその実施例を示すものであって、第1図が側断面図、第2図がその上面図、第3図が他の実施例の側断面図、第4図がその上面図である。なお、図において、1が半田槽、3がボトムローラ、4がトツプローラ、7が架台、10が半田線(半田帯)、11が巻枠、12が軸棒、18がモータ、21がレベル検出器である(第5欄末行ないし第6欄末行)。

この構成の特徴は、線状ないし帯状の長尺半田材を巻き上げた巻枠に通した軸棒の両端部を架台に軸受けするとともに、半田槽のレベルに応じて回転制御されるボトムローラ及びこれと組をなすトップローラを配設し、巻き上げた長尺半田材の自由端を、トツプローラとボトムローラの間に挿入する点である(第2欄第19行ないし第3欄初行)。

(3)  作用効果

本件考案によれば、長尺半田材を容易に装架し得るから、半田槽のレベルに応じて半田材を自動的に供給し、半田槽のレベルを精度よく一定に保持できるという顕著な作用効果を奏する(第5欄第2行ないし第7行)。

2  原告は、およそ考案は「物品」の形状、構造又は組合わせに係るものであるから、考案の進歩性の有無の判断は物品を離れて行うべきではないところ、本件考案に係る半田槽装置が、特許庁の審査上の分類の「金属の冶金的接合、切断」の項目のろう接(半田)装置(B23K、旧分類12B)であるのに対し、引用例1記載の発明に係るメツキ槽装置は、「金属の表面処理」の項目の亜鉛メツキ装置(旧分類12A 223)であって、両者が技術分野を異にし、物品が相違することは明らかである、と主張する。

しかしながら、考案の進歩性の判断は、考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果の面から総合的に認定判断すべきものであり、これらの点からみて当業者がその考案をすることの予測性がないと認められるときは、当該考案には進歩性があるというべきである。その場合、当該考案と、対比される公知技術が同一の技術分野に属するか、たとえ同一の技術分野とはいい難くとも、比較的近接又は類似する技術分野に属し、かつ、技術的思想において共通性を有するときは、当業者は公知技術に基づいて当該考案に想到する可能性があるから、当該考案がその技術的課題(目的)、構成及び作用効果の面から、公知技術に基づききわめて容易に考案をすることができたか否かを考察すべきである。

そこで、引用例1記載の発明が上記の意味において本件考案と技術的親近性を有し、相違点<1>に係る本件考案の構成を得ることが当業者にとってきわめて容易であったか否かを検討するに、引用例1に審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがなく、しかも、成立に争いない甲第3号証によれば、引用例1には、引用例1記載の発明は溶融亜鉛メツキにおける亜鉛供給方法について、品質に悪影響を及ぼさないように溶融亜鉛の液面を一定の高さに保持することを技術的課題(目的)とするものであり、他の溶融金属メツキにも適用し得ることが記載されていると認められる。

上記事実によれば、引用例1記載の発明と本件考案は、技術分野からみた場合、金属加工のための溶融材料の供給装置において、対象とする溶融材料が溶融金属一般であるか半田であるかの差異にすぎず、しかも、溶融材料のレベルを一定に保持することを技術的課題(目的)とし、これを解決するための構成を採用したものである点において技術的思想を共通するものであるから、技術的親近性を有することは明らかである(原告が援用する発明及び実用新案の分類表は、特許及び実用新案の文献の検索の便宜のために技術分野を区分けし細分化しているものであって、実用新案法第3条第2項の進歩性を判断するために技術分野を定めたものではない。)。したがって、引用例1記載の発明を半田材料供給装置(半田槽の半田消費量に応じて半田を自動的に供給するもの。この装置が周知であることは原告も争っていない。)に適用して相違点<1>に係る本件考案の構成を得ることは、当業者ならばきわめて容易に想到し得た事項であるというべきである。

この点について、原告は、本件考案が微小な半導体装置の電子部品の足とプリント基板上の印刷回路を点的に接合する超精密作業のために創案されたものであることを論拠として、本件考案が対象とする装置における溶融半田のレベル精度の許容差は僅か0.3~0.5mmであるが、引用例1記載の発明における溶融亜鉛のレベルについては本件考案におけるような精密なレベル精度は全く要求されず、本件考案が対象とする装置と引用例1に開示されている装置は技術的課題(目的)を異にする、と主張する。

しかしながら、前記の実用新案登録請求の範囲から明らかなように、本件考案は微小な半導体装置の電子部品の足とプリント基板上の印刷回路を点的に接合する超精密作業のための装置であることを要旨とするものではなく、その溶融半田のレベル精度の許容差が0.3~0.5mmであることを要旨とするものでもない。したがって、原告の上記主張は、考案の要旨に基づかないものであって失当である。

また、原告は、本件考案が1組のトツプローラとボトムローラを半田槽に取り付ける構成を採用している点(審判認定の相違点<4>)に論及し、ボトムローラと溶融半田面の間の距離を短く設定することの効果を主張する。しかしながら、屈曲自在な線状ないし帯状の溶融可能な金属材を回転するローラによって溶融槽に供給する場合、ローラと溶融金属面の間の距離は、対象とする金属材の性質・形状と溶融槽の雰囲気の温度に即して当業者が適宜に設定し得る設計事項にすぎず、それによって奏される効果も当業者ならば当然に予測し得る範囲内のことというべきである。

3  このように本件考案と引用例1記載の発明が極めて近接した技術分野に属し、技術的思想を共通にしている以上、「引用例1記載の長尺材の供給装置を、周知の半田材供給装置に採用して、相違点<1>に係る本件考案の構成にすることは、当業者がきわめて容易に想到し得た事項であり、それによる効果にも格別のものがない」とした審決の認定判断に誤りはなく、考案の進歩性の有無を物品の同一性を離れて判断することは誤りであるという原告の主張は失当というべきである。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)

別紙図面A

<省略>

別紙図面B

<省略>

別紙図面C

<省略>

別紙図面D

<省略>

別紙図面E

<省略>

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